こんにちは、小夏です。今日は鼓太郎の月命日。もう4年半も前のことになっちゃった。そんなに昔のこと?頻繁に鼓太郎が、若いころの姿で帰って来るので、そもそもいなくなった感がないのは、あたしだけなのか?確かに、ぬくぬくした適度の柔らかさの鼓太郎の腹まくらはないけど。
今月も鼓太郎のところにお花が飾られた。もう飾らなくても良いと思うけど、お花も月命日も、一つの節目だからやった方がいいのかな。節目だと、その時に鼓太郎のこと思い出すんだろうけど、わが家の場合、今もお家に鼓太郎がいるような感じだから、これ以上に思い出しすぎると何かへんなことになりそう。
あたしは、鼓太郎がいなくなって二週間ぐらいは、なんか変だった。鼓太郎がもういないんだ、ということが上手く理解できませんでした。ついつい鼓太郎の姿を探してた。狭いお家だから隠れるような場所なんてないんだけど、うろうろ探し回ってた。
最後の日に、「小夏、これで鼓太郎とお別れだよ。ちゃんと、さよなら言いなさい」と木の箱の中で眠る鼓太郎をみたけど、単に寝てるだけだと思ってた。その後、骨上げの時も見たけど、それが鼓太郎の骨だとは理解できなかった。
暫く鼓太郎を探す日が続いたけど、お家の中にもいつもいないし、お散歩の時もあたし一人だったので、だんだんと、あ、もうお家にいないんだと理解していきました。
でも、一か月くらいしたら、「ただいまー」と鼓太郎が帰ってきた。それが、初めての月命日。以来、毎月じゃないけど、鼓太郎は帰って来るので、鼓太郎がもういないという感覚に囚われることはなくなった。
それから4年半かぁ。ずいぶん、長い時間が過ぎたもんだ。その分、あたしは年取ったよ。鼓太郎が年取らないのが不思議だけど。
いつか、あたしがお空の上に行った時、鼓太郎が若い時の姿であたしがおばあちゃんだとちょっと悲しいかな。まぁ、お空の上に行けばあたしも若い時の姿になれるんだろうけど。
今月も月命日は、いろいろと妄想です。
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