ディレイルメント 過ぎたるはなお及ばざるが如し

人材の能力を語る言葉の中に、ディレイルメント(derailment)という考え方があります。直訳すると脱線事故。会社組織の中で、仕事をする上で問題になる社員の行動や特性を指す総称です。
このディレイルメントについて、考えてみたいと思います。

1. ディレイルメントとは何か
2. ハイパフォーマゆえの落とし穴
3. コンピテンシーとディレイルメント
4. ディレイルメントの対応策
5. まとめ

 

1. ディレイルメントとは何か

ディレイルメントとは、仕事上のパフォーマンス実現を阻害する個人の行動や特性の総称す。キャリア面から言えば、それまで順調に駆け上がってきていたキャリアのレールを踏み外しかねないことから、脱線を意味するディレイルメントという言葉が使われています。

このディレイルメントには、色々なものが含まれます。職場などの身近で実際に目にする、感じるものが含まれています。一例をあげると、次のような行動や特性がディレイルメントとして知られています。

自信過剰
傲慢さ
孤立性/組織非順応
依存過剰
過剰防衛

攻撃性
過敏性(エキセントリック)
完璧主義 ・・・・・etc.

多くのものがディレイルメント、脱線要因として挙げられ何が何だか整理がつかないように感じるかもしれません。しかしこれらのディレイルメント項目を眺めていると、あることに気づきます。

そのキーワードは「過剰(過少)」です。

行き過ぎた行動や特性がディレイルメントの原因になります。仕事をする上で大切で、むしろパフォーマンス実現には必要な行動や特性ですが、それがある条件のもとで過剰になると、一転して問題となるディレイルメントに変わってしまいます。

同時にパフォーマンス実現に必要な行動や特性が過少だと、それも問題になります。こちらはディレイルメントというよりも、線路に入線前の整備不良と言う感じかもしれません。

2. ハイパフォーマゆえの落とし穴

前述のように、ディレイルメントの本質は、「必要で大切な行動や特性が過剰になる」ことです。この点を考えるとディレイルメントの多くは、実はハイパフォーマーだからこそ陥りやすいとも言えます。

少し不思議な感じがするかもしれません。問題となる行動や特性がないから、高いパフォーマンスを実現できると考えるのが普通です。しかし、ハイパフォーマーの多くは、自分の強みをよく理解しています。その強みを最大限に生かしてこれまで高いパフォーマンスを実現してきた人が大部分です。他の人以上に強みとなっている行動や特性が高い訳です。

しかし、その強みとなっている行動や特性が、仕事や職場など状況が変わるなど状況が変化した時に、逆に作用してしまうことがあります。そして、「何故、上手くいかないのか?何故、パフォーマンスが上がらないのか?」とさらに自分の強みの行動や特性の発揮に注力します。結果、過剰な状態が生み出され、本来の強みがディレイルメントとなり、さらに悪循環を続けてしまうことになります。

仕事が良くでき、多くの成功体験があるハイパフォーマーゆえに、暴走して脱線につながる危険性が高いと言えます。

もちろん、すべてのハイパフォーマーがディレイルメントに陥るわけではないことは言うまでもありません。ディレイルメントの危険性を感じて、軌道修正しながら対処してくのが、本当のハイパフォーマーです。

なお、ローパフォーマーでディレイルメントが論じられることは殆どありません。いろいろな行動や特性が過少でパフォーマンスを実現できないのですから、それ自体が問題です。

 

3. コンピテンシーとディレイルメント

ディレイルメントに関する記述を探すとコンピテンシーとの対比で語るような説明を目にします。つまり、「コンピテンシー=ハイパフォーマーの行動特性」に対して、「ディレイルメント=パフォーマンス実現を阻害する行動特性」です。

納得感、わかりやすさはありますが、その一方で、そうなのかという疑問も湧いてしまいます。コンピテンシーとディレイルメントが、あたかも独立排反的に存在しているわけではないと思います。

むしろ、コンピテンシーの解釈により、ディレイルメントの存在を説明した方が理解しやすいと私見ながら考えています。

例えば、先ほど挙げたディレイルメントの一つ自信過剰について考えてみましょう。

自信過剰は、言葉通りの意味合いですが、「過去の経験や周囲からの認知、あるいは個人の性格特性などから、実際の実現可否以上に自分への信頼感が過度に強い状態」です。上手く機能しているときは問題ありませんが、周囲からの声が聞こえなくなり、独断専行で状況判断を誤まったり、軌道修正がきかなくなったりと大きな脱線事故につながります。

コンピテンシーの中に、自己確信(Self-Confidence)というものがあります(引用:Competence at Work(邦訳:コンピテンシーマネジメントの展開))。タフな状況にあっても自己の力を確信して行動する、といったものです。

この自己確信が、著しく高く振り切った状態で、この自己確信をコントロールできるようなコンピテンシー(例えばセルフ・コントロール)が極端に低い場合、過少な場合に、自己確信は自信過剰というディレイルメントになると考える方がわかりやすいと思います。

図1 コンピテンシーからみたディレイルメントの構造

通常、人間の行動は、複数の行動(コンピテンシー)が連鎖的に絡み合います。状況や対象に関わらず、単一行動の強度をどんどん上げていくと、まさに一本鎗状態で的外れな場所を突いてしまうというディレイルメントになってしまいます。

最近あまり耳にしませんが、以前は、「とがった人材」という表現が使われることがよくありました。「とがった人材」とは、まさに特定コンピテンシーだけが極端に目立つ人材です。得てして優秀な方が多いのですが、フィットしない仕事や状況に置かれた時に、途端にパフォーマンスがあがらなくなったりということもあります。こうした状況も、コンピテンシーとディレイルメントの関係からアプローチするとわかりやすく説明できるのではないでしょうか。

 

4. ディレイルメントの対応策

それでは、もし自分にディレイルメントの兆候が見られたらどうするのか?前節ですでに答えを書いてしまいましたが、過剰になっているコンピテンシーに関連するコンピテンシーを強化することです。

単独コンピテンシーだけでなく、関連する(サポートする、コントロールする)コンピテンシーがあって、状況に応じたアクセルとブレーキが効果的に使い分けられ、結果的に暴走や脱線を防ぐことができます。過剰と言うのは絶対水準的な意味もありますが、相対的なバランスから突出していることを意味します。関連する他のコンピテンシーの水準があがれば、ディレイルメントにつながりかねない突出したコンピテンシーが暴走するリスクは減少します。むしろ相互作用的に複数のコンピテンシーが絡むことで、より効果的な行動そしてパフォーマンス向上が期待できます。

図2 ディレイルメントの解消

過剰になっているコンピテンシーを減らすという方法もありますが、それは少々もったいない話です。せっかく身に着けたコンピテンシーを捨てる必要はありません。ただ、関連するコンピテンシーが強化されるまでの間、一時的にセーブする必要はあります。

前述の自信過剰について考えてみましょう。「自己確信」というコンピテンシーだけでなく、「セルフ・コントロール」とか「柔軟性」あるいは「対人関係理解」や「チームワークと協調」といったコンピテンシーを持つ人であればどうでしょう。非常に高い水準の自己確信の人でも、これらのコンピテンシーが働き、自信過剰と言うディレイルメントは発現しないものと考えます。

ディレイルメント傾向のある場合には、その主因となる突出したコンピテンシーとブレーキをかける別コンピテンシーを明らかにして、相対的に過少になっている別コンピテンシーを強化、意識することで、脱線事故への暴走を回避することができます。

 

5. まとめ

秀でた卓越的な個人の行動や特性は、仕事において大切なものです。しかし、単一な行動や特性だけに依存すると、思わぬ落とし穴に入り、脱線してしまいます。

自分自身、あるいは部下や後輩にそうした兆候を感じたら、その優れた行動や特性を補完、コントロールする行動や特性を強化することを考えましょう。そうすることで、脱線を回避し、さらに力強く前へ進んで行くことができます。

“ 過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し ”
“ Too much of one thing is not good. ”

 

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